farCe*Clown

序幕 砂漠で生まれた罪 56

 耳をつんざく悲鳴が、夜闇を引き裂いた。
 惨劇の築かれた古城で、カルロス・ベレスフォードは傷口を押さえながら顔を上げた。滴り落ちる血が床を滑らせ、年のせいで悪くなった足では、上手く歩くことも儘ならない。
「カルロス様。もう少しです。退路は、こちらに」
 カルロスの身体を支える褐色の肌の男も、同じように傷を負っていた。懸命にカルロスの身体を支えているが、彼自身にも余力は残っていないことは明らかだ。
「私に構うな」
 カルロスの強い声に、男が足を止める。
「置いて行け。……、お前だけでも逃げろ、リラ」
「……、何を、仰っているのですか。貴方様を置いて、私だけ逃げることなどできるはずがないでしょう?」
 相変わらずの無表情だったが、褐色の男――リラの瞳は、縋るようにカルロスを見ていた。
 カルロスは、首を振った。
「すべては、私が原因だ。皆に顔向けができんな、巻き込んでしまった」
 城内で殺された家来たちを思い浮かべ、カルロスは呟いた。
「老いぼれの死に付き合わせるには、皆、若すぎた」
「……っ、貴方様のために死することを、誰も後悔などしません。もし、今回の襲撃の原因が貴方様だと仰るならば、…………、どうか、私を切り捨ててください。貴方様は、悪くない。悪いのは……、罪は、私です」
 カルロスはリラの言葉を鼻で笑った。
「お前だけは、死なせてはやらぬ。――生きろ。お前は生きて、……私のいないリアノを守れ」
「貴方様のいない国に、価値などっ……!」
「命令だ、リラ。私の命が聞けぬというのか」
 俯いたリラに、カルロスは満足げに頷いた。
 カルロス・ベレスフォードは、老体に鞭をうち、最後の力を振り絞ってリラの頭に手を置いた。
「不自由を、すまなかった」
 長い間、縛りつけてしまった大切な者に、カルロスは笑いかけた。
 ――色褪せた記憶の中、幽かに女の姿が浮かび上がる。
 世界でたった一人愛した存在。
 彼女が憎み恨んだ男神の元へは、神など信じないカルロスは行けぬだろう。
 それでも、叶うならば、太陽のように光り輝く笑みを、もう一度だけ見せてほしい。
 あの時、あの瞬間、確かに手を取り合っていたことは、決して幻ではないことをカルロスの心は知っていた。
 ただ一人の女の名を呼んで、カルロス・ベレスフォードは崩れ落ちた。