ラヴィニアのおいしい魔法

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  おしまい  

 彩りの豊かな料理を一口、二口と食べながら、ラヴィニアの大事な男は笑う。
「おいしい? リエト」
「おいしいよ」
 リエトは笑うが、ラヴィニアの料理はとても下手で、料理の道を進むディアナが嫌うのも当然の出来前なのだろう。
 だが、それでも良い。この人がおいしいと言ってくれるなら、それで良いのだ。
 ラヴィニアの料理は、リエトだけのものだから。
「ディアナより?」
「もちろん。誰よりも、おいしい」
 おいしい、と繰り返すリエトを見つめながら、ラヴィニアは苦笑を浮かべた。
「なら、良いけれど。……でも、ちょっとだけディアナが羨ましいな。わたしにはリエトの言う《おいしい》って感情が良く分からないもの」
 ――《おいしい》とは、どんな気持ちなのだろうか。
 彼にはじめて料理を食べてもらった日から、ラヴィニアは想像している。そして、その気持ちが少しでも彼の苦痛を和らげるものであれば、と願っている。
「分からない? そんなことはないと思うけれど」
「もう、嘘つかなくて良いのに」
 リエトはしばらく考え込んでから、ラヴィニアを手招きする。彼の近くに行った途端、思い切り抱き寄せられた。
 直後、重なったのは唇だった。
 驚いて目を見張っているうちに、そのまま魔力が注ぎ込まれる。彼の睫毛が瞼を掠めて、時が止まったような錯覚がした。
「り、リエト?」
 ゆっくりと離れていった唇に、ラヴィニアは頬を紅潮させた。
「照れているの? 昔は散々したのに」
 たしかに、小さい頃――まだリエトと契約していなかったラヴィニアは、唇を通して魔力を受け取っていた。契約を結んでいない人間から魔力を受け取るのに、一番簡単な方法だったからだ。
「だ、だって! もう、わたしたち、子どもじゃないのに」
 子ども時代と違って、ラヴィニアは知っている。人間たちにとって、唇を合わせることは特別な意味を持つ。
 リエトは分かっているのか、それとも分かっていないのか。
 彼は蠱惑的こわくてきな赤紫の眼を細めた。視線に縫いとめられたように動けなくて、ラヴィニアは目を潤ませる。
「私はね、ラヴィの料理を食べるときと同じ気持ちを、お前と一緒にいると感じるよ」
「え?」
「おいしいは、幸せってことだよ」
 しあわせ、とつぶやいた声は、再び重ねられた唇に溶けてしまう。ラヴィニアは赤らんだ頬のまま、ためらいがちに目を伏せた。
 《おいしい》がリエトの言う幸せと同じならば、彼の気持ちが少しだけ分かった気がする。
 それはきっと、この口づけみたいに、胸を締めつける幸福なのだろう。
 リエトは子どもの頃と一瞬だけ重なり合うような、無邪気さを装った笑顔を浮かべた。
「ずっと傍にいてね。私のラヴィ」
 願わくは死が二人を別つまで、この幸せのなかで生きられますように。



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