farCe*Clown
第二幕 砂上に築いた城 63
深夜、そろそろ眠ろうと希有が寝台に向かった時だった。
部屋の扉が開かれ、数時間前に自室に戻ったはずのミリセントの姿があった。
「どうしたの? 何かあった?」
希有は首を傾げて彼女のもとへと歩き出す。このような夜更けにミリセントが顔を出すことも珍しい。希有が目を瞬かせていると、彼女はそっと希有の手をとった。
「キユ様、陛下の部屋に参りましょう」
笑顔で言った彼女に、希有はすぐに反応することができなかった。
「……どうして?」
一息ついて、喉奥から絞り出した声はわずかに上擦ってしまう。ミリセントの口にした言葉の意味は理解できるのだが、その意図が全く分からない。このような夜更けにシルヴィオの部屋に行ってどうするのだ。
「会いたい、と仰ったのはキユ様でしょう?」
声音はあくまで優しげであったが、有無を言わさぬ迫力があった。
確かに会いたいと零したのは希有だが、まさかその日の夜に会えるなどとは思っていなかったのだ。急に提案されても心の準備が何一つできていない。
動揺を隠せない希有に、ミリセントが柔らかに微笑む。
「何も心配なさらずに。陛下がお待ちしています」
彼女は希有の返事を待たずに、希有の手を引いて歩き出した。いつも穏やかな彼女にしては珍しい強引さに、引き摺られるようにして歩くと、あっという間にシルヴィオの部屋の前へと辿りつく。
シルヴィの部屋に希有を押し込んだミリセントは、柔らかな笑みとを浮かべた。
「では、ごゆっくり。明日の昼過ぎに迎えに来ます」
そうして、思わず耳を疑うような言葉を残して、彼女は扉を閉めた。
「昼、過ぎ? 昼過ぎって……、ミリセント!」
慌てて扉を開こうとするが、何かで抑えつけているらしく一向に扉が開く気配はない。鍵をかけられたならば内側から開ければ良い話だが、このように外側から抑えつけられていると対処のしようがない。
「キユ……?」
必死で扉を開けようとしていると、不意に名前を呼ばれる。
振り返ると、奥まった部屋からシルヴィオが顔を出していた。彼が過ごす場所は、いくつもの部屋が備わっているのだが、どうやら今日は奥に在る寝室にいたらしい。
「シル、ヴィオ」
風呂上りらしく、桜色の髪の気が濡れて色を濃くしている。わずかに上気している頬から首筋にかけて、珠のように水滴が伝う。ただでさえ美しい男だと言うのに、今の彼には匂い立つような色香も加わっていた。
希有の登場が予想外だったらしく、シルヴィオは若草の瞳を丸くしている。
ミリセントの微笑みを思い出した希有は、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。陛下がお待ちしています、などと良く言えたものだ。
「ミリセントか?」
希有の反応からすべてを察したらしく、シルヴィオは苦笑した。
「とりあえず、入れ。ここは寒いだろう、向こうの部屋は暖めてあるから」
「あ、……うん」
春先とはいえ夜は冷え込む。暖めていない部屋は随分と肌寒く感じられた。
シルヴィオの姿を直視できずに、希有は伏し目がちに歩く。彼が先ほどまでいた寝室に足を踏み入れると、暖気が一瞬にして身体を包み込んだ。
ソファに腰掛けたシルヴィオは、入り口で立ち竦む希有を手招きした。その誘いを断るわけにもいかず、希有は彼の隣に腰掛ける。
互いの存在を身近に感じながら、しばらく無言の時間が続いた。謝って仲直りをしなければならないと分かっているのに、どのように切り出せばよいのか分からず、希有は視線を落とした。
「元気に、していたか? 顔も出さずにすまなかった」
希有の迷いに気づいたのか、話を切り出して来たのはシルヴィオだった。
シルヴィオの謝罪に、希有は首を横に振った。彼には何一つ謝ることなどないのだ。
「こっちこそ、……その、変な意地を張って、ごめん。最初から、シルヴィオに相談するべきだったのに」
少なくとも、この世界で希有を守ってくれるシルヴィオだけには隠し事をするべきではなかった。アルバートの言葉に愚かにも踊らされて、下手に隠し事をした希有に責任がある。
「いや、俺が口出しすることではなかった。お前が帰るべきだと思っていることを……、俺は知っていたのに。酷い八つ当たりをした」
「八つ当たりだなんて、そんなことないよ。シルヴィオはいつだってわたしのために色々なことをしてくれた。そのことを、わたしは知っていたのに」
知っていたのに、希有は彼に対して酷い仕打ちをしたのだ。彼の怒りは当然のことなのだと、今ならば冷静に考えられる。無知である自分を変えようと思ったならば、隠し事などせずに、そのことを彼に話せば良かったのだ。
恐る恐る顔を上げると、視線がシルヴィオと交わる。彼は希有に向かって薄い唇を開いた。
「仲直り、するか」
柔らかな微笑みに、希有は一瞬息を止めてしまう。こんなにも自然な彼の笑みを見たのは、いつぶりだっただろうか。胸の奥に暖かな火が灯ったような気がして、希有も自然と破顔した。
「……うん、仲直り、して」
そっと手を差し伸べると、彼は不思議そうに首を傾げる。
「仲直りの握手」
シルヴィオは口元を綻ばせて、骨ばった指先を希有の小さな手に絡ませた。
繋いだ掌から伝わる温もりは心地よくて安心するものなのに、何故だか、鼓動が少しだけ逸る。同時に夜の帳が落ちた時刻に二人きりでいるのだと意識すると、全身に得体の知れない熱が広がった。
思わず身体を強張らせると、そのことが繋いだ手を通してシルヴィオに伝わったらしく、彼は肩を震わして笑った。
「取って食おうとしているわけではないのだから、そんなに緊張されても困る」
「と、取って、食う……?」
動揺して上ずった声で繰り返せば、シルヴィオはあいている手で希有の背に触れた。
「お前は何を動揺しているんだ。深呼吸でもするか?」
揶揄するように言って、彼はそのまま希有の背中を軽く叩いた。その手の大きさにさらに身体を強張らせながらも、希有は息を吸って吐く。
別に緊張することなどないのだと、心の中で何度も自分に言い聞かせる。
ここはシルヴィオの部屋で、今が夜であろうとも、目の前にいるのはいつもの彼に変わりない。一年前、牢にいる間は何日も生活を共にしたのだ。シルヴィオ相手に、緊張するなんて可笑しなことだ。
「ごめん、こんな風に二人になるの久しぶりだから……、なんだか、少し緊張しちゃったみたい」
「それは嬉しい報告だな。少しくらい意識してくれなければ、俺が憐れだろう」
「は……?」
「何でもない、こちらの話だ。飲み物はいるか?」
彼は繋いでいた手を解いて席を立ち、しばらくしてから、二つカップを持って戻ってきた。
「ありがとう」
彼の手から受け取った飲み物は、新鮮な果物を絞ったジュースだった。甘さは控えめに作っているらしく、程良く喉が潤う。
「シルヴィオの飲み物は、何?」
「飲むか?」
シルヴィオが差し出したカップを手に取って、希有は恐る恐る一口含む。
瞬間、鼻に抜けるむせ返るような香りに、希有は眉をひそめた。
「お子様なキユには早かったか」
「子ども扱いするの止めて。これ、何? なんで、こんなに苦いの」
「薬湯だからな。苦いに決まっている」
「……何処か悪いの?」
わざわざ、薬を煎じたものを飲んでいるのだ。忙しさのあまり、何処か悪くしてしまったのだろうか。
「違う。うっかり、ミリセントにしてやられたから、それを緩和するためのものだ」
「して、やられた?」
「一服盛られた」
「……っ、い、一服盛られたって! 大丈夫なの?」
詰め寄った希有に、シルヴィオは目を瞬かせる。
「一服盛られたとはいえ、お前が想像しているようなものとは違う。ミリセントが、俺を害するものを食事に混ぜたりすると思うのか?」
「それは、ないとは思うけど。でも……」
「お前がお子様でなければ、こんな代物は飲まなくても良かったんだが。そうはいかないだろう。俺の許可なくお前を王城の庭園で散歩させたり、ミリセントも何を考えているのだか」
少しだけ苦い顔をした後、彼は薬湯を一息に飲み干した。
やはり、サーシャと遭遇した日の散歩は、シルヴィオの許可など出ていなかったらしい。遭遇した時の彼の表情を見て、薄々可笑しいとは思っていたのだ。
「あの、本当はいけないことだと分かっているけど……、お願い、ミリセントを責めないで。わたしのために、やってくれたことだと思うから」
「分かっている、あれは俺とお前のために気を揉んでいるのだろう。お前につけられる侍女を失うのも惜しいから、多少のことには目を瞑る。――それより、最近、何か変わったことはあったか?」
「ないと思うけど……、あ、でも、サーシャ様に今日呼び出されたよ」
「サーシャ様に?」
王女の名前がシルヴィオの唇から紡がれた瞬間、言いようも知れない不快感が湧きあがる。その理由に薄々気づいてはいるが、希有は目を逸らした。
――くだらない嫉妬を抱いているなんて、彼に悟られたくなかった。
「セシルの奴、意図的俺に黙っていたな。――何か話したのか?」
「人の命は儚く、昨日まで隣にいた者が明日には消えることなど珍しくもない。だから、生きている間は迷うな、と」
「他には?」
「会いたい人がいる、その人を見つけ出す日まで、自分は迷わない、と言っていたかな」
会いたい者について口にしたサーシャの姿を、希有は思い出す。まるで、仇を睨むような憎しみに満ちた瞳で、彼女は会いたい者に思いを馳せていた。
「なるほど……。やはり、彼女はそのためにもわざわざリアノまで足を運んだのか」
「何か、あるの?」
つい口を出してしまった希有に、シルヴィオは苦笑した。
「それは、お前の気にすることでない」
シルヴィオの柔らかな拒絶に、希有は瞳を揺らす。聞きたいことは山ほどあったが、ここで問い質す勇気がなかった。今の中途半端な覚悟で踏み込んでしまえば、戻れなくなってしまう。ここが希有とシルヴィオを隔てる境界線だ。
「知らない方が安全なこともある。俺の言葉が信じられないか……?」
試すように見つめてくるシルヴィオに、希有は首を横に振った。
「信じるよ」
――疑う心がないとは言わないが、それでも、希有は彼のことを信じたい。
この一年間、彼が希有のために多くのことをしてくれたことは、紛れもない真実なのだ。
シルヴィオは希有の言葉を受けて驚いたように視線を揺らした。
「どうしたの?」
「いや、お前の口から、信じているなどと聞かせてもらえるとは思っていなかった。嬉しいものだな、俺もお前を信じている」
「社交辞令みたいにしか聞こえないけど?」
「本心だ。誰が俺を裏切ろうとも、お前だけは俺を裏切らない――、そう言ったのは、お前だ」
一年も前の台詞を、彼は今も憶えていたのだ。そして、あの頃と同じように信じてくれている。
「うん……、シルヴィオだけは、裏切らないよ」
それならば、希有は彼の信頼に応えたいと思った。
そのまま他愛もない話を重ねるが、しばらくすると、シルヴィオとの蟠りがなくなって安心したせいか、希有の身体は緊張が解れて眠くなってくる。目を擦ると、その様子を見たシルヴィオは船を漕ぐ希有の肩を叩いた。
「もう、夜も遅い。お前は寝た方がいいな」
そう言って、彼は部屋の隅に置かれた大きな寝台を指差した。
強烈な睡魔に襲われていた希有は、深く考えることなく彼の寝台に入るが、ソファに腰掛けたままの彼の姿を目にして気づく。シルヴィオの自室には、当然ながら彼が寝るための寝台しか用意されていない。
「シルヴィオは、何処で寝るの?」
希有が寝台を占拠してしまえば、彼は何処で寝るのだろうか。
「俺は、……向こうの部屋にあるソファで寝る」
「でも、ソファはシルヴィオの身体だと狭いよ……? 変わろうか?」
「お前がソファなどで寝たら、翌日には風邪を引いているだろう」
否定できないために、希有は言葉を詰まらせる。冬にソファで転寝をしてしまい、風邪をひいたのは記憶に新しかった。
「あ、……そうだ」
鈍くなった頭に浮かんだ名案に、希有は自然と手を叩く。その声に、シルヴィオは嫌な予感がしたかのように眉をひそめた。
「シルヴィオの寝台広いから、端と端で寝れば良いよね。二人くらい余裕で入るよ」
流石は王の寝床と言ったところなのか、彼の寝台は必要以上に広く、四、五人は横たわれそうなのだ。
「いいから、別々に寝よう。頼むから、一緒には寝ないでくれ」
「……そんなに拒否しなくても」
一緒に寝たいわけではないが、あからさまに拒否されるのも、それはそれで傷つく。
眉を下げた希有に、シルヴィオが苦笑する。
「言っておくが、お前を嫌っているのではない。さすがに、男女が同じ所で寝るのは困るだろう」
男女七歳にして席を同じゅうせず、とも言うので、彼の言い分は尤もだった。
「でも、初めて会った時、ずっと一緒だったよね」
ただ、せっかくだから、もう少し一緒にいたいと思った。次に彼との時間がとれるのが、いつになるのか全く分からないのだ。
「話が別だ。お前に覚悟があるのならば別だが、……それをお前に求めるのは酷だろう」
首を傾げた希有に、シルヴィオは肩を竦めた。
「王の傍にいるということは、いずれは後継者の問題が絡んでくる。流石に、ここまで言えば分かるな」
「後継者?」
寝ぼけ眼で首を傾げた希有に、シルヴィオは深い溜息をついた。
「もう、寝ろ。夜は案外早く更ける」
「でも」
「俺は、お前よりずっと頑丈だ。人の好意は素直に受け取ってくれ」
彼はソファから立ち上がり、希有の傍に寄ってくる。そして、上半身を起こしたままの希有の額に、そっと口づけた。
希有は、見る見るうちに顔を赤くして勢い良く毛布を被った。顔だけ毛布から出した状態で、希有は頬を膨らませてシルヴィオを見上げる。
「良い夢を、キユ」
シルヴィオは悪戯が成功した幼子のように笑って、隣室へと歩いていった。その背を見送った希有は、大きな寝台の上で目を閉じる。
幽かに香るシルヴィオの匂いに、まるで彼に抱きしめられているような気がして、希有は小さく笑みを零した。
――この世界で最も希有を安心させてくれる人の香りだ。
穏やかな気持ちで、希有は眠りに落ちた。
☆★☆★
目が覚めると、既に部屋にシルヴィオの姿はなかった。
上半身を起こした希有は、昨夜の遣り取りを思い出して笑みを零した。
最近は、シルヴィオとゆっくり会話をする機会がなかった。夜に部屋を訪れることになった時は驚いたが、結果的に良かったのだろう。
不意に、希有の脳裏に昨夜交わしたシルヴィオとの会話が蘇る。
「後継者、か」
希有が睡魔に負ける直前、シルヴィオが言っていた言葉の意味がようやく理解できた。現在の希有の身分は妾妃とされているのだから、ミリセントの不可解な気遣いも頷ける。
その行為が実を結べば、確かに子どもはできるだろう。そして、その子が男児であれば立派なリアノの世継ぎだ。
呆れて希有は深く溜息をついたあと、軽く頭を抱えた。冗談にしては性質が悪すぎるだろう。
シルヴィオは、王だ。
この国の血を絶やすぬために、世界から権利を奪われぬために、いずれは己の血を継ぐ次代の王をつくらなければならない。正確な年齢を聞いたことはないが、二十を過ぎたばかりだろうと希有は踏んでいる。即位から一年たった今、周囲からそのことについて言及され始めても可笑しくはない。
「そっか」
そう遠くない未来、彼は妃を娶るだろう。
そうなれば、希有もこの場所を出ていかなければならない。未だに地球に帰る手掛かりを見つけることができていないが、どちらにせよ、シルヴィオの傍にはいられなくなる。
想像した未来は、思っていたよりも近い場所にあるのだ。
危うい均衡で保たれているのが、シルヴィオと希有の関係だった。一つの波紋で簡単に壊れてしまうような関係を、希有は繋ぎとめようと必死になっていたのだ。
だからこそ、シルヴィオと仲たがいしかけただけで、あんなにも動揺していた。
「子どもみたい」
くだらない嫉妬だ。
好ましく思っている相手と離れるのが単純に嫌なだけではなく、希有は彼をとられることが我慢ならないのだ。
彼は自分のものではない上に、希有にシルヴィオを捕らえることなどできるはずがない。繋ぎとめる術さえ知らず、結ばれた糸を手繰り寄せることも、立ち切ることもできない。
そもそも、希有には彼を繋ぎ止める資格などないというのに、どうして彼を自分のものにできるというのか。
――どうしたら、彼はずっと傍にいてくれるのだろう。
決して叶うことのない望みを夢想して、希有は自嘲する。叶うはずないと分かっている未来を願うことを、不毛と呼ばすに何と呼ぶのだろうか。
「ねえ、美優ちゃん」
愚かな妹は、きっと、再び宿主を探して歩いていただけだったのだろう。姉に似た彼に縋りついて、自分だけが不幸そうな顔をした頃のままなのかもしれない。
窓から入り込む陽光に、希有はミリセントが来る前に支度を済ませようと寝台から降りる。室内を見渡すと、わずかに引き出しの開いたチェストに気づく。
シルヴィオが閉め忘れたのだろうか。チェストに近寄って引き出しを閉めようとした時、希有は首を傾げた。
引き出しの中に、シルヴィオが持つには相応しくない安物の細い鎖が見えたのだ。希有は深く考えることなく、鎖を指に引っかけて手繰り寄せる。
そして、引き出しの奥から一つのネックレスが姿を現す。
「え……?」
作り物の桜の花弁が姿を現して、希有は一瞬息を止めた。そのネックレスは毎日目にしているものなのだから、見間違えるはずがなかった。
ためらいながら、自分の胸元から安物のネックレスを取り出した手は、震えていた。認めたくないと、心が警告を発する中、希有はそっと桜の花弁を合わせた。
違うことなく合致した花弁は、一枚の桜花となる。
「どう、して……?」
様々なものが繋がりそうになっては、心に疑問が生まれていく。
盗蜜者は、人さえも盗む世界。
――出来過ぎた三文芝居だ。
山で行方不明にさせてしまった片割れが、同じように世界に盗まれていたなど誰が考えるというのか。
だが、震える希有の予想をすべてを肯定するかのように、引き出しの奥から一枚の写真が現れる。
小さな額縁の中で、三つの人影が佇んでいる。右には地味なドレスを着てかすかに微笑むオルタンシア、左には今よりも幼さの残るシルヴィオがいる。
中央の椅子に座るのは、黒髪の少女だった。
「美優、ちゃん」
写真の中で、希有と瓜二つの面差しの少女は幸せな笑みを浮かべていた。
自然と溢れ出した涙は止まらず、希有は唇を噛みしめた。希有と違い肩口で短く切りそろえられた髪、されど、誰もが見ても同じにしか見えない顔だ。
一度美優を見たことがある者ならば、希有のことを同一人物と思うか、或いは血縁者であることを真っ先に直感するだろう。
微笑むシルヴィオの姿が、音を立てて崩れ落ちていく。
シルヴィオは、初めからすべてを知っていたのだろうか。
知っていた上で希有に接していたのならば、彼は何を想っていた。
希有と美優。
二人を比較しない者など存在しなかった。比較して、なお、希有を選んでくれる者などいなかった。
――誰か、嘘だと言ってほしい。
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