farCe*Clown
2009年ハロウィン企画番外編 おまけ
ミリセントは、室内に入ってすぐに足を止めた。
「……、陛下?」
シルヴィオの姿を目に留めて首を傾げる。
「いかがなさいましたか? このような夜分まで」
シルヴィオが希有の部屋を予告なしに訪れるのは多々あることだが、このような夜半まで残っているのは珍しい。常ならば、彼は希有が寝る前には自室に戻っている。ミリセントは、まさかこの時間まで彼が希有の部屋にいるとは思ってもみなかったのだ。
「すまない。少し静かにしてくれるか?」
言われたとおりに口を閉じると、静けさに包まれた部屋に小さな寝息が木霊していた。シルヴィオの腕の中で眠る少女の姿を見つけて、ミリセントは優しく微笑む。
「とても、幸せそうな寝顔ですわ。陛下の腕の中だからでしょうか?」
少女を起こさないように、囁き声でミリセントは言う。
彼の腕に抱かれて眠る少女の表情は、どこまでも安らかであり、どれほど彼を信頼しているかが容易くうかがえた。
「……、そうだと、良いがな」
自信がないように呟くシルヴィオに、ミリセントは目を細める。
互いをとても大切に想っているというのに、自覚がないのは両方らしい。傍目から見れば分かりやす過ぎるほどであるのだが、距離が近過ぎて、かえって気づくことができないのかもしれない。
不器用な主人二人を見て、ミリセントは一枚の毛布を用意する。秋の夜は冷える、彼らが風邪でも引いてしまったら大事だ。
ミリセントは用意した毛布をシルヴィオに差し出す。彼は受け取った毛布で、器用に、希有ごと自らを包み込んだ。
「面倒をかけたな」
「これくらいは、面倒とは言いませんわ」
ミリセントは苦笑して、シルヴィオを見た。
「今夜はいかがなさいますか?」
「このまま夜を明かすのも悪くないだろう。起きた時の顔が楽しみだな」
「……、お人が悪いですわ」
シルヴィオが、存外に性質の悪い人だったということは、既に知っている。
同僚の侍女たちは、彼の麗しい見目だけで、その性格までも判断していたようだがミリセントは違う。これでも、人を見る目はある方だという自負もある。
「俺が眠れるように子守唄を歌うなどと言ったくせに、先に寝たキユの方が、人が悪い」
シルヴィオが腕の中の希有を優しく抱き締め直した。そして、彼は子どものように柔らかそうな希有の頬を、指でつつく。
その光景を見て、ミリセントの胸に広がったのは、幸せだった。
ミリセントは、大切な者など既に喪っている。だからこそ、今、この瞬間に寄り添うように共に在る主人たちが、ひどく愛おしく思えるのだろう。
祈りを捧げる神など信じてもいないというのに、何かに願わずにはいられない。
どうか、二人が共に在る未来を壊す者など現れないでほしい。
たとえ、それが少女自身であったとしても、ミリセントは赦せそうにないのだ。
「陛下。私はこれで失礼しますが、くれぐれも悪戯などなさらぬようにお願いします」
「……、努力しよう」
口元をほころばせたシルヴィオに、ミリセントも微笑んだ。
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