授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
曇り空の外を眺めて、蝶子は息をついた。
本日最後の授業を終えて、静かだった教室に騒々しさが戻って来る。蝶子は小さく伸びをしてから、鞄の中に荷物を詰め始めた。
「聞いた? 絵島先生、学校辞めたんだって」
「えー、なんで?」
「なんか、親の会社継ぐらしいよ。ほら、あの男子校の出身らしいし、お金持ちだったんだよ」
級友たちの言葉に耳を傾けながら、蝶子は目を伏せた。
どちらの世界でも願いを叶える術を失ってしまった絵島が、これからどのように生きていくのかは知らない。
だが、死者が蘇るなどという
性質の悪い夢から覚めた彼は、妹の死を受け止めて生きていくのだと思う。
「絵島先生、残念だったね」
気づけば、前の席の小野が唇を尖らせて蝶子を振り返っていた。そう言えば、彼女はやけに絵島の事情に詳しかったことを思い出す。彼の妹が亡くなったことなど、彼女以外の級友は知らないようであったのだ。
「――、なぁに、好きだったの?」
からかうように口を開いてみれば、小野が顔を真っ赤に染める。
「ち、違うよ! ちょっと、ちょっとだけ、気になってだけで……! 憧れてただけなの、憧れ!」
慌てて否定する小野に、蝶子は微笑む。
「良かったわね」
先ほどから携帯電話を握りしめたままでいることに、彼女は気づいているだろうか。明らかに、誰かからの連絡待ちだ。
可愛い級友は、どうやら悪い男に捕まってしまったらしい。
祝福はできそうにないが、その想いを否定するつもりもなかった。
「もう、……蝶子さん、最近、雰囲気変わったよね」
「……そう?」
目を瞬いた蝶子に小野は照れたように笑う。
「ねえ、今日何処かに行かない? 蝶子さん、帰宅部だよね」
控えめな誘いに、蝶子は苦笑する。
嬉しい申し出だが、残念ながら今日は先約がいる。
「ごめん、今日はちょっと予定があるの」
「そっか。残念だな」
「また誘ってくれる?」
蝶子の言葉に、小野は少しだけ驚いた後、もう一度笑った。
ビルの建ち並ぶ街を抜けて、蝶子は空を見上げる。
灰色の雲が張った空は、直に雨が降りそうであった。
約束の場所は駅前の公園だが、この分だと丘の上にある高校まで迎えに行くべきだろう。世話焼きな友人の方はともかく、何処か抜けている
彼は、傘を持っていないに違いない。
予想通り降り出した雨に、鞄の中から折りたたみ傘を取り出す。一定のリズムを刻む雨音に耳を澄ませながら、蝶子は目的地まで歩を進めた。
やがて見えてきた品の良い門は、この近辺で有名な名門の高等学校のものだ。良家の男児のみが入学を許されると言う、なだらかな丘の上に建てられた私立の男子校。
門を潜ると、公立高校のセーラー服を身に纏った蝶子は奇異の目を向けられる。
だが、蝶子はそんなもの歯牙にもかけず、真っ直ぐに歩き続ける。
視線の先には、玄関先で困ったように空を見上げる銀髪の少年が一人。
蝶子は彼に駆け寄って、飛び切りの笑顔でその名を呼んだ。
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