あだしゆめ

あだしゆめ

 指先をんで、骨を噛み砕き、赤い血を啜って。
 折れそうな首に口付け、整った顔に舌を這わし、その熟れた瞳を呑み込むことができたならば。
 ――あなたは、わたしのものになるのでしょうか。


 障子戸の隙間から入りこむ宵の風が、優しく頬を撫ぜました。
 月明かりに照らされて、隣で眠る男の姿が浮かび上がります。肉つきの薄い彼の身体は、生白い蝋の肌に包まれていました。
 わたしは男に手を伸ばし、肌蹴た夜着から覗く首筋を摩って、かたい胸板に頬を摺り寄せます。ひんやりとした彼の体温は、初春の空気に溶け込んでいました。
「起きたの?」
 顔をあげれば、美しい男と目が合います。彼はわずかに皺の寄ったまなじりを愉しげに歪めました。
 梅の実のように赤い、熟れた瞳に映る裸身の少女が自分だと気づくのに、しばらくの時間が必要でした。少女の瞳は虚ろで、まるで死人のようだったのです。
「夢を、見ました」
 掠れた声で呟くと、男は小首を傾げます。
「怖い夢? 昔から、お前は悪夢にうなされては、俺の夜具に潜り込む子だったね」
 何年も前の話に、わたしは小さく笑みを零しました。
 彼の中では、きっと、わたしはあの頃と変わらず幼い子どものままなのでしょう。戯れに手を出した今でさえ、庇護が必要なか弱い養い子としか思っていないのです。
「いいえ。今宵は、とても良い夢だったのです」
 叶うならば、あのまま夢から醒めなければ良い、と願いました。あるいは、まどろみがうつつとなれば、と強く望みました。
 それほどまでに、男の腕に抱かれて見た夢は甘美なものでした。
「どんな夢だったの?」
 興味深そうに問うた男に、わたしは唇を開きました。
「あなたを食べてしまう夢です」
 まず、白魚のように美しい指先を食んで、骨を噛み砕いて、零れる赤黒い血を啜るのです。それから、細い首筋に歯を立てて、少しばかりの肉を引き千切っては、口付けを贈りました。
 いつも見惚れてしまう美しい顔に舌を這わしたあとは、薄い唇を、整った鼻梁を、形の良い耳をついばみます。最後に、熟れた梅の実に似た赤い眼球を呑み込んで、わたしはようやく満たされるのです。
 事細かに夢の内容を囁くと、男は口元を綻ばせました。
「珍しく、お前にしては情熱的だね」
 彼の乾いた掌が、わたしの頬を乱暴に撫ぜます。触れられたところから芽生える痺れが心地良くて、甘えるように鳴いた時、彼の薬指が唇に宛がわれました。
 男は自らの指を、わたしの口に含ませました。
「好きにすれば良い。――だけど、そんなことをしても、俺はお前のものにはならないよ」
 男は嗤う。
 わたしは彼の指に、力いっぱい歯を立てます。広がった鉄の味に噎せ込むと、彼は片手でわたしのおとがいを掴み、自分のもとに引き寄せました。
 重なったのは唇で、滑り込んだのは氷の舌でした。
 血の味でいっぱいになった口内で舌先が絡み合い、唾液が顎を伝って胸元を濡らしていきました。わたしは目を伏せて、彼の首に腕をまわしました。
 ――触れ合った肌は、こんなにも近くにあります。
 誰よりも傍に寄り添っているはずなのに、何故、彼が遠いのか分からないのです。
 どうしたら、この人はわたしを愛してくれるのですか。

「あなたを、食べてしまいたい」

 どうせ手に入らぬと言うならば。
 せめてあなたの血肉の一欠片も残さず、わたしに溶けてしまえば良いのに。