宮廷薬師であるイーディスが女王に呼び出されたのは、ある昼下がりのことだった。
「
面をあげよ」
イーディスは伏せていた顔をあげて、玉座に座る年配の女を見上げた。ガレン国を統べる女王は、艶やかな笑みを浮かべている。
「久しいな、イーディス・ティセ・ディオル。貴殿が王立学院に入学した時以来になるか?」
「はい。……、お久しぶりです、陛下」
「貴殿の評判は良く聞くよ。薬師として優秀だと、貴殿を学院に推薦した私としても嬉しい限りだな」
「いえ。未だ薬師として至らぬ身です」
「ふふ、謙遜は要らないよ。貴殿の実力と才能は私も認めているからな。……、そこで、だ。この度、貴殿の働きを評価し異動を命じたい」
イーディスは息を呑んだ。女王が自ら当事者を呼び出し、異動を命じることなどあり得ない。戸惑いを隠せず瞳を揺らしたイーディスに、女王は紅を刷いた唇を釣り上げた。
「貴殿を、ライナス・レト・エレン・シルファ・ガレン第五王子の傍仕えに任命する。彼の王子が成人を迎えるまでの短い間だが、宜しく頼むぞ」
ライナス・レト・エレン・シルファ・ガレン。その名を聞いて、イーディスは肩を震わせた。
「嬉しいだろう? かつての級友、この二年間会うことも叶わなかった第五王子の傍に舞い戻れるのだから」
「……何を、お考えなのですか」
思わず零れ落ちた言葉に、女王は目を細めた。
「不満があるのか? 灰の民よ」
有無を言わさぬ口調に、イーディスは視線を下げる。疑問は多々あるものの、女王からの命を断ることなどできない。
「よろしい。二心なく我が息子に仕えよ」
震える手を握りしめて、イーディスは女王の前を辞した。
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