華英
1.雨夜に暁の幻を抱いて
まるで天が涙するかのように、静かに雨の降る明け方のことだった。
指一本動かすことさえ儘ならない身体が、ぬかるんだ地面に沈んでいく。先ほどまでの激しい痛みが嘘のように、今では何も感じられなかった。擦り切れた肌で弾ける雨粒も、たくさんの刺し傷から流れる血も、すべては遠い世界の出来事だ。
夜明。
血濡れの唇を震わしても、潰えた喉から洩れたのは悲しい吐息だけだった。愛しい男の名を口にすることも、最早、叶わないのだ。
それでも、ひたすらに彼の名を叫んだ。祈り、縋りつくように繰り返した。
霞む目には微笑む彼が映し出されている。絶望に襲われ蹲るだけだったわたしを導いてくれた人がいるのに、もう、何もかも届きはしない。
夜明。貴方はあかつき、わたしを照らす優しい朝の光。
わたしは、貴方を――。
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