番外編 美しい人
美しい人
君は、とても美しい人だった。
この手で創りあげる人形と、僕の違いは何なのだろうか。
冷えきった指で自らの首筋に触れて、僕は自嘲した。古傷を抉るように爪を立て、あのときの痛みをよみがえらせる。忘れてはいけない。僕は浅ましい男で、最愛の人を手にかけて命を繋いだのだ。
ルシオ。
柔らかな声で名を呼ぶのは、姉の亡霊だろうか。憎き妖精である僕を殺しに来たのだろうか。
「ルシオ。ねえ、聞いているの?」
絹糸のような白金の髪が、視界で揺れていた。
その瞬間、闇に沈みかけていた僕の世界は反転する。
「どうしたの。具合でも悪い?」
金色の眼で見つめてくる少女に、僕は小さく息をついた。白銀の翅を背で揺らして、彼女は眉をひそめている。
美しい姉は死んだ。僕の前にいる少女は、姉と似ても似つかない死にぞこないだ。
「なんでもないよ」
柔らかな頬に触れると、彼女は一瞬だけ身体を揺らした。
「ルシオの指は、いつも冷たいわね」
頬に触れる僕の手を、彼女は自らのそれで包み込む。まるで己の熱を分け与えるかのように、小さな手は優しさに満ちていた。
あたたかくて、すがりつきたくなるような、そんな手だった。
彼女の掌に宿った温もりが、耳を澄ますと聞こえる鼓動が、泣きたくなるほど愛おしい。たとえ、彼女が儚く散る運命にあるとしても、僕の胸を焦がす想いは偽りではない。
「シエルラ」
細い首に口付けて、微笑む君の身体を抱いて、この幸福が僕の命を生かすことを願う。
ひとつになれなくても良い。ただ、僕の抱く夜に、君という光が寄り添ってくれることを望む。
◇◆◇◆◇
君が遺した命の輝きを、僕はきっといつまでも忘れないだろう。白銀の翅を散らして、苦しげに息を乱しながらも、君は僕に微笑んだ。
僕の魂で君を生かすことができたら、どんなに良かっただろうか。
冷たい頬に触れて、腐りゆく、甘い香りのする肢体にすがりついて、僕はもう一度だけ涙を流した。君の生きた道は、決して幸福ではなかっただろう。果てなく続く夜の闇のなかで、君は幾度の絶望を感じただろうか。
それでも、君は最期まで生きてくれた。
だから、僕も痛くても苦しくても、この命が散るときまで生きよう。
もう、僕は独りではない。暗闇に包まれた僕の世界には、優しい月の光と、明けない夜の果てが確かに見えるのだ。
だから、どうか、震えるこの手を最期まで繋いでいて欲しい。
シエルラ。
君は、僕の世界で最も美しい人。
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