farCe*Clown

第三幕 捕らわれ人 19

 希有は再び拘束され、何処かへと連れて行かれる最中だった。
 引きずるようにして歩く希有を、容赦なく褐色の肌をした男が連れて行く。
 矢に穿たれた足は熱を持ち、熱に浮かされたように頭の芯が揺さぶられる。おざなりな手当はされたが、それはあくまで死なさない程度の手当だ。痛みを消してくれるわけではない。
 懐剣は懐にあるが、きつく腕を拘束され怪我を負った今では使うことなどできるはずもなかった。
 重々しい雰囲気に、希有の身体は震えていた。
 覚悟したはずなのに恐れを抱いている、自分の不甲斐なさに吐き気がした。
 だが、こんなにも恐怖を感じ震えているというのに、逃げようとは微塵も思わなかった。
 以前の希有なら、考えられないことだ。
 希有は、自分で思っていたよりもずっと、シルヴィオを大切に思っていたのかもしれない。
 希有は彼を苦しめてばかりだったと言うのに、おかしな話だ。
 監守を殺した時のシルヴィオの表情を思い出す。
 希有も、間接的に人を殺してしまったことがあった。山奥に消えたあの子は、遺体どころか、形見の一つも見つからなかった。希有の愚かな行動で喪われた命は、何よりも大切だったはずの希有の半身だった。
「……シルヴィオ」
 彼もまた、人を手にかけて傷ついていたのかもしれない。
 口では罪悪感を抱くことはないと言っていたが、その言葉が真実かどうかなど、当人にしか分からないことだ。
 希有の前で口にしなかっただけで、本当は辛かったのかもしれない。
 どれほど矛盾していても、一瞬一瞬の彼の心が嘘ではないことを希有は知っていた。
 次の瞬間に全く正反対のことを思い立って行動することのできる彼は、傍から見れば道化にしか見えないのかもしれない。
 だが、その瞬間だけは、彼にとってすべて真実でしかないのだ。

 ――彼に縋りついたことは、きっと間違いだった。

 優しいシルヴィオは、傍に居てくれると約束してくれた。
 だが、希有には彼を傷つけることしかできないのだ。希有の最低な言葉が、彼の心を揺らすことなどあってはならなかった。
 今は気づかずとも、いずれ、シルヴィオは与えられた言葉が特別ではないことに気付く。その時、希有はシルヴィオを酷く傷つける。
 やがて、希有を連行する男が、一つの扉の前で足を止めた。
 繊細な紋様が描かれた扉は、一見しただけで相当な手の込んでいるものだと分かる。
「カルロス様。罪人を連れて参りました」
 ――、ここに、カルロス・ベレスフォード、シルヴィオにとって最大の敵がいるのだ。
「……入れ」
 扉が開かれ、赤い絨毯の続く先を見据えれば、己のものではない玉座に座りこちらを見下ろす六十代後半ほどの男がいた。
 茶の髪には多分に白髪が混じり、色の抜けた髭は、老いを感じさせずにはいられない。若いころはさぞかし美丈夫だったのだろうが、時を感じる分、今の姿が哀れなものだった。
 ただ一つ、水銀を流しこんだような独特の銀眼が、野望を内包して揺れている。
 臆病なリアノには似つかわしくない野心に満ちた堂々たる姿勢は、一層不自然にさえ思えた。
 この老人が次期王だと言われても、希有ならば手放しに喜ぶことなどできない。
「まだ子どもだな。このような娘が、あの魔女を?」
「現場に居合わせておりましたので、確かだと思います」
 希有を連れていた褐色の肌の青年が、淡々と答える。
「ご存知の通り、オルタンシア・カレル・ローディアスは、仕事以外では滅多に外出しない人間です。好き好んで変わり者の魔女の住まう地に向かう者はいないでしょう」
 一切の感情を消し去った声に、背筋を嫌な汗が伝う。
「状況から見て、この娘だと判断したのか。まあ、良い。あの魔女が死んだ理由など、明るいものではないに決まっておる」
 カルロスの言葉に、希有は再びオルタンシアの死体を思い出す。
 あれは、決して事務的な犯行ではなかった。人を殺すために、あそこまで損傷を与える必要はない。
 オルタンシアを死に至らしめた犯人は、どのような想いを抱いて、彼女を手にかけたのだろうか。
 希有をこちらの世界に招いた女は、どのような存在だったのだろうか。
 一月共に暮らしていたというのに、何も知ろうとしなかった希有には、オルタンシアが分からなかった。
「しかし、……こうも、似ていると気味が悪いな。ファラジアの宗主そのものではないか」
 深い皺の刻まれた手を組みながら言ったカルロスは、希有の顔を見ながら心底嫌そうな顔をしていた。
 その目は、まるで、亡霊か何かを見ているかのようであった。
「世界には、好みがあるのです。この娘とリノ・ファラジアには、血縁関係にあるのかもしれません」
「ふん、世界には好みがある、か。あの魔女の言葉は老いた私には理解できんよ。……、私は世界に選ばれなかった男だからな」
 自嘲するようなカルロスに、褐色の男は目を伏せた。
「出過ぎた発言でした、申し訳ございません」
「良い、お前の小言はいつものことだからな。今さら気分を害したりなどせん」
「勿体なきお言葉です」
 言葉はカルロスを慕うような内容だったが、そこには一片の感情どころか機微の一つさえも感じ取ることはできない。人間と言うより、機械のような青年だ。
「……さて、娘よ、私がお前に問うことは一つだ」
 鋭い目に見下されて、思わず希有の体は竦む。
「お前と共にいた罪人はどこにおる?」
 一度だけ俯いて小さな手を強く握りしめる。
 自らを奮い立たせ、怯えた反応をなかったことにするように、希有は真っ向からカルロスを見た。
 体で抵抗の一つもできなくとも、口でならばいくらでもできる。いずれにせよ死が待つのならば、どのようなこともできるはずだ。
「一緒にいた方ですか? わたしは、ずっと一人でしたから、そのような方は知りません」
 希有が愛想笑いと共に首を傾げると、何の前触れもなく褐色の青年が希有を殴った。
「……っ、……」
 咄嗟のことに、何一つ反応できなかった。強く床に頭を叩きつけられて、一瞬、意識が飛ぶ。
 視界が点滅し目を瞬かせる希有に構うことなく、青年は希有の髪を強く掴んで顔を上げさせる。
 行動は何処までも感情的だったが、褐色の青年の顔からは、わずかな表情さえも消し去られていた。
「この娘は嘘をついております。この者が男と共に逃走している現場は、既に何人も目撃しています」
「ほう、――何故、お前たちは奴を取り逃したのかと訊きたいところだが、それを言うのは酷というものか」
「できる限りで最大の包囲網にしましたが、情報の一つも入ってきません」
「だろうな、……奴ならば、さして難しいことではない。ここ数日野放しにしたおかげで、不調もほぼ回復したのだろう」
 忌々しげに吐き捨てて、カルロスは再び希有を見た。
「とんだ小娘だ。このように無垢な幼い顔をしながら、……監守を殺して脱走するとは思わんかった。あの監守を殺したのはお前だろう?」
 見当はずれなその言葉に、希有はただ沈黙を守った。
 どうせ死ぬのならば、すべての罪は希有が持って行こう。
 それでシルヴィオのしたことが赦されるわけではないが、少しでも彼の枷となる事実をなくしてあげたい。
 ほんの少し胸を刺すのは、後悔と呼ぶには違う、切なさだった。
 もう少し長くシルヴィオの傍にいたならば、この思いの理由に気付けたのかもしれない。
「黙らずとも良い。お前と共にいた男は、武器の一つも持っていなかった上に、憎き女狐が率いる公爵家で育てられた者だ」
 カルロスの口から語れるのは、シルヴィオが決して語らなかった彼の素性だった。
 流通関係の情報にも明るかったのは、いずれは城に仕えるはずだったからかもしれない。遺言の子息が王となった暁に重臣として傍に在れるように、シルヴィオは様々なものを学んでいたのだろう。
「何より、あの男は力を持ちながらも、捕えられてから一切の抵抗をしなかった。逃げ出すことを厭い、すべてを諦めていたあの男よりも、お前が殺したと言われた方が説得力がある」
 カルロスは、吐き捨てるように続けた。
「女は時に男よりも残酷だ。忌々しいレイザンドの女王が、その最たるものだからな」
「……女性を、よくご存知なのですね」
「こうも長く生きていればな。それに、レイザンドの女王には、わしも一杯食うことになった」
「ああ、そうなんですか。女難の相があったのですね、きっと」
 投げやりに希有が返すと、カルロスは虚を突かれたように目を丸くした後、愉悦に満ちた顔で希有を見た。
「そちらが本性か?」
「――悪いですか? 生憎と礼儀や作法なんかとは縁遠い場所にいたもので」
「悪くはない。そのふてぶてしさも、リアノの臆病さには似合いだ。これならば、監守が騙されて殺されるのも無理ないな」
 カルロスは一頻ひとしきり笑い、その後、深く皺の刻まれた顔を歪めた。
 その場の空気が、一瞬にして豹変する。
「だがな、小娘よ。お前は少々やり方を違えた」
 カルロスの細められた瞳に見えたのは、濁った欲望だけだった。
「逃げるのであれば、一人で逃げるべきだった。あの男を外に連れ出していなければ、慈悲をくれてやったというのに。奴の面に騙されたか?」
「……年老いた爺や、むさくるしい監守よりは、彼のほうがいいに決まっているでしょ? あんなにも綺麗な顔をしているんですもの」
 軽口を叩くと、カルロスは喉を震わせる。
「若い娘にしてみれば、そうなのかもしれんな。だが、あれでいて、どうしようもない甘い男のくせに、食えないところもある。頭の悪い偽善者であれば、すべては容易かったというのにな」
「……、ただのお人好しは、こんな女と共に牢獄を出たりしません」
「その通りだ。あの男は、とんでもない甘さを持っていながら、小癪な公爵家に育てられただけのことはある。中々にちぐはぐで、壊れている男だ。見てくれはいいが、中身は食えない」
「……それは、貴方でしょう」
「わしよりも食えないのだよ、奴を取り巻く全ては一筋縄ではいかんのだ。愚かな娘、お前は、リアノの王に相応しい存在が何であるか分かっていない。――、遺言の子息は、リアノのような小国の王には勿体ないのだ」
「……、勿体ない……?」
「あれの才覚に関しては、わしも認めておる。故に、相応しくない。我らは弱いからこそ意味がある」
 誇らしげに理想を語るカルロスを、受け入れることはできなかった。
 腐りかけているリアノを立て直すために、何が正しいのかなど、希有には分からない。しかし、シルヴィオの言う、資格を持った王が必要なのは確かなのだと思っている。
「その子息には敵わないと仰ってるようにしか聞こえませんけど。悔し紛れの台詞ですか? 若者への嫉妬は見苦しいですよ。見てられません、ご老人」
「減らず口を。娘よ、リアノにとって過ぎた力は災いとなるのだ。リアノの内情を知らずに上辺だけの豊かさを羨む外国に、我らは狙われ続けてきた。レイザンドやラドギアのような大国に近きこの国に、強さはあってはならぬ」
「――出る杭は打たれると?」
 レイザンドとラドギア。
 その二国がどのような国なのか知らないが、カルロスの発言から察するに、リアノよりも随分と力を持っているらしい。
 弱さ故に見逃されていた小国が力をつければ、両国はそれを阻止すると言いたいのだろうか。人間においても、何かに特化し、才のある者は排斥される。国も同じなのかもしれない。
「我らにとって、このままで在ることが重要だ。レイザンドとラドギアの戦いになど巻き込まれれば、無事ではいられまい」
 天賦てんぷの才を持つ者は、嫉妬と畏怖いふの対象にしかならない。
 それは凡人には予測も想像もできない力であり、天才は人間の手に余る。利用も活用もできないような絶対的な存在に、醜い嫉妬心と畏怖を抱かずにはいられない。
 口にすることはなかったが、誰よりもあの子の傍に居た希有も、あの子に対して醜い嫉妬心と畏怖を抱いていた。
 だが、それが凡人の勝手な都合であることも、知っていた。
 その勝手な都合で傷ついていたあの子を知っているからこそ、希有は己を含めた弱者の言い訳を聞かないことにした。
 凡人にも、弱者にも言い分はある。
 だが、希有はあの子の半身である限り、あの子に近い場所に立ちたかった。
 自分は非凡になどなれない愚鈍な存在だというのに、おかしな話であることは分かっている。
「……それも一興でしょう。貴方みたいな野心に溢れた老人が治めて国が腐りきるよりは、そちらの方がまだ良いとだ思う方もいるかもしれませんわ。――わたしみたいに」
「ふん、生意気な娘だ。あの男をお前が放ったおかげでこっちは散々だというのに。あれさえいれば、すべては上手く行った」
「逃したのは、わたしのせいですか? 貴方たちの失態でしょう。監獄塔なんかに放り投げて、――手元に置いていなかったことが悪い。逃げられて当然です」
「言われずともそのくらい承知の上だ。逃げることはない、などという言葉を信じるべきではなかったのだろうな」
 その助言をしたのが誰だかは知らないが――おそらく、シルヴィオ側で、カルロスと通じる内通者だろう。
「やっぱり、裏切り者が、いたのですね」
 シルヴィオの言った通り、裏切り者は存在するのだ。
「……、あれにとっては、裏切りでも何でもない。元より味方であったつもりなどないのだろうよ――、恨むべき者に、当然の報復を与えようとしたまでだ」
「当然の報復なんて、ありませんよ」
「虫唾が走る綺麗事を言うのだな。恨み辛みを抱かずにいれる人間など、どこにおる? あれにとって、己の血縁は憎むべきものだ」
「……、血縁?」
「生まれながらにして、与えられないことが決められた者の心など、お前には分からぬのだろうな」
 希有は、何故、こんなに目前の翁に嫌悪感を抱くのか理解した。
 カルロスと希有は、立場は違うものの似たところがある。否、この世の大半の者が一度は同じことを思うのだ。
 絶対的に手の届かないものが、この世には存在する。
 確かに、努力や琢磨でどうにかなるものもあるだろう。だが、カルロスや希有が眩しく思うものは、努力や琢磨では決して手に入らない。それは、この世に生まれおちた瞬間から与えられる、天賦の才。
 ――、どれほど足掻いても、手に入らない輝かしいものは眩しい。故に、人は己が持たざるものを与えられた他者を羨む。嫉妬心から、容易く恨み辛みを抱いてしまう。
「さあ……あの男の居場所を吐け、娘よ。ここで吐くならば少しは慈悲を与えよう」
 カルロスの言う慈悲など、雀の涙にもならない僅かなものだろう。そして、それは慈悲ではなく施しだ。
 シルヴィオの敵から受け取る施しなど要らない。
「不名誉な死など望まぬだろう? 奴は何処にいる」
 不名誉な死を望まないのは、目前の老人ではないのか。
 この男は、過去の失態をそのままにして死に逝くことが我慢ならなかった。そうに決まっている。王族に生まれながらも、栄誉も名誉もなく、汚名だけ残して死ぬのが怖かったのだ。
 そのような老人の醜い誇りに、同情はしない。
 カルロスが玉座から立ち上がり、品定めをするように希有に近寄ってくる。
 この老人は、――本当に分かっていない。
「…………、ばーか」
 希有は、皺の寄ったカルロスの顔に唾を吐きかけた。
 老人は一瞬の停止の後、顔を真っ赤に染め上げて、衝動のままに希有を殴る。
 衝撃と共に、希有は冷たい床に身体を投げ出した。当然だが、傍にいた褐色の男は、希有を庇うような真似はせずに、すぐさま彼女を放り投げた。
「小娘が……、わしを誰だと心得ている」
「はは、……薄汚い爺だってことくらいです。老齢にもなって、いつまでも何かに執着する様は見苦しい」
 飾りのない剥き出しの執着心と嫉妬心は、ただ醜いだけのものだ。
 それが、老齢ともなれば、尚更のことだった。
 十七年しか生きていない小娘からも哀れに見えるのだ。周囲の大人からしてみれば、見苦しい以外の何ものでもないだろう。
「さっさと、……逝けばいいのに」
 真に邪魔な者は、シルヴィオではない。
 この老人こそが、リアノの害悪だ。
「そんな歳まで血腥い場所にいるよりも、幸せに眠って死んだ方が良いに決まってます。老い先短く資格を持たない王に……次はないのです」
 資格のないカルロスが王位に就くことの先に待つのは、シルヴィオが恐れるリアノの崩壊だ。
 この老人が即位すれば、リアノは壊れていくだろう。
「誰が、貴方の戴冠を望みますか?」
「あくまで、……子息を庇うというのか」
「もちろん、頑張ってもらわなくては困ります。安売りしたわけではないのですから、この命」
 生きることを諦めて、この命を捨てたわけではない。
 希有が弱ったときに、身捨てずに傍にいてくれたシルヴィオを裏切りたくなかった。
 優しい彼が心を痛めることになったとしても、希有のことを容易く切り捨てることを決めたとしても、どちらにしろ構わなかった。
 シルヴィオが生きてくれるならば、他は必要ない。
 死に逝く希有のことなど、一層いっそう、忘れてくれたほうが良いのかもしれない。
 彼の笑顔が曇ることなく、これからの道を歩んでいけるならば、他に望むものなどないはずだ。
「わしには安売りにしか見えんよ。愚かな娘」
 何か選ぶということは、他の選択肢を捨てること。
 何一つ失うことなくすべてを手に入れることなど、誰にもできはしない。積み上げた犠牲を承知の上で、人は手を伸ばすのだ。
 より愛しいものを手に入れるためには、他を捨てなければならないことがある。
 シルヴィオが生きるためにも、棄てるべき選択肢ぎせいがあった。
 彼の生を手に入れるためには、希有が――。
 その先の言葉は、胸の奥に閉じ込めた。そうしなければ、希有はきっと取り乱してしまう。
 ――、シルヴィオが望んでくれるような少女を、取り繕うことができなくなってしまう。
「……愚かだからこそ、自分の命を安売りしたりしません。貴方には、一生分からないのでしょうけど」
「カルロス様、この娘、始末いたしますか?」
 剣を抜いた褐色の男は、何一つ感情のない瞳で希有を見下ろしている。
「良い、――ここで殺すには勿体ない」
 屈辱で顔を赤くしたまま、カルロスは言った。
「お前に最低な死を与えよう。民草に蔑まれ罵倒される中、罪人として死んで逝くがいい」
「それは、どうも」
「罪状は、国の重臣でもあったオルタンシア女史の殺害だ」
 オルタンシアを誰が殺したかなど、カルロスにも分からないのだろう。だが、重要なのは誰を犯人に仕立て上げることができるかだ。
「冤罪とはいえ有り難い話ですね。最期はそれくらい豪勢にいかなくては、勿体ないですもの」
 希有は、このような場所にいるはずのない、ただの子どもだ。
 どれほど不名誉な死でも構わない。汚名を被ったとしても気にしない。
 大切なものは、希有自身が分かっている。
 待ち構えるものが何であろうとも、彼が笑ってくれるならば、この道を歩いて行ける。
 道の先に待つ、あの子の場所に逝くならば、怖くはない。
 きっと、シルヴィオに出逢えたことは運命だった。その運命を受け入れることを恐れることはない。

 恐れては、いけないのだ。