farCe*Clown

第三幕 捕らわれ人 20

 空が白んで来た頃、シルヴィオは城下町の郊外にいた。
 彼の眼前にそびえるのは、到底、人が住んでいるとは思えない寂れた屋敷だ。
 薄汚れて黒ずんだ壁には蔦が張り、この屋敷が使われなくなってから、随分と時が経ったかのように見える。
 シルヴィオは屋敷の裏手に回り、躊躇することなく柵を飛び越えて敷地の中へと入った。
 目立たない扉を開けて中に足を踏み入れると、外観とは打って変わった様相が広がる。
 貴族の別邸と言われても不自然がないほど綺麗に整えられた内装、壁には美しい絵画が飾られ、廊下を照らす明かりは若干薄暗いものの十分に行き届いていた。
 臆病なリアノの性なのだろう。
 城が様々なものによって守られているように、この屋敷も外部からの干渉を避けるために、あらゆることが施されている。
「……、臆病な国」
 ――、リアノは、臆病な小国なのだ。
 強大なレイザンドとラドギアの脅威に曝されるこの国は、それに対抗し得る強さを身に付けることよりも、逃げ隠れる道に進んだ。
 そもそも、蜜腺のあるリアノが、他の大国に対抗し得る強さを身に付けることなどできるはずもない。
 実情を知らぬものたちから見れば喉から手が出るほど欲しく、しかし、どれほどの力を秘めているか測れないがために下手に手を出せない。
 そのように思わせるリアノの在り方が悪いとは、シルヴィオも考えてはいない。
 リアノの在り方は、それ自体が盾の役割を持っている。
 ――だが、この莫迦みたいな茶番劇で、あの少女を犠牲にするのは御免だ。
 彼女は、何一つ悪くはない。
 強いて言えば、彼女の運が悪かっただけだ。オルタンシアの望んだ者に近かった彼女の姿が、不運を呼び寄せたのだろう。
 オルタンシア・カレル・ローディアスの心は、シルヴィオと違い、漆黒を宿した人間に囚われたままなのだ。
 シルヴィオは、思い出される過去を振り切るように足早に歩を進める。
 勢いよく目的の扉を開ければ、中には色濃い隈を携えた親友の姿が在る。
「ルディ」
 シルヴィオが小さく声をかけると、部屋の主はゆっくりと振り返った。
「シル、ヴィオ……?」
 幻でも見るかのように、ヴェルディアナは目を見開いている。
「今、戻った。迷惑をかけたな」
 淡々としたシルヴィオの口調に、半ば放心していたヴェルディアナは、少しだけ躊躇うように苦笑した。
 そして、彼は深い溜息と共に肩を竦める。
「どれほど、心配をしたことか……」
「すまない」
「……、謝るな。お前が無事であったのならば、それで良い。もっと近くで顔を見せてくれ」
 近寄ったシルヴィオの肩に手を置いて、ヴェルディアナは安堵の息を零した。
「本当に、無事で良かった。疲れているだろう、少し休むといい。母上とフローラには、私からお前の無事を伝えておこう」
 こちらを気遣ってくれるヴェルディアナに、シルヴィオは静かに首を振った。

「……頼みがあるんだ、ヴェルディアナ」

 ――、今から紡ぐ言葉は、裏切りだ。
 だが、誰に責められることになろうとも、あの小さな少女を守れるならば、この選択を後悔したりしない。