farCe*Clown

第一幕 砂塵が運びし影 58

 燭台で照らされた王城の一室。厳しい表情をした男たちが、円卓を囲んで座っていた。
「既に、耳に挟んでいるとは思いますが……」
 宰相セシル・ソローが唇を開くと、部屋にいる者たち一様にして息を呑む。
「先日、ベレスフォード城が急襲に遭いました。これにより、カルロス・ベレスフォード様が死亡。加えて、ベレスフォード家に仕える者に多数の死傷者が出ました」
 報告書を読み上げながら、セシルは眉をひそめる。被害は決して小さいとは言えず、死傷者の数も多い。その上、これは現時点での被害報告であるため、さらに死傷者は増えるだろう。
「負傷者の目撃情報によれば、――犯人には、褐色の肌をした人間が数人紛れていたそうです」
「……、レイザンド人か」
 ヴェルディアナ・ローディアスの言葉に、セシルは小さく頷く。
 砂漠の大国レイザンド。その国に暮らす民は、リアノやラドギアの民と違い、褐色の肌を特徴としている。
「奴らは一体、何を目的にこのようなことを?」
 老臣の一言に、ヴェルディアナが目を伏せた。
「目的など分かり切っているでしょう。リアノには、蜜腺・・がある。近年、オアシスの枯渇が進むレイザンドにとっては、リアノに与えられる恩恵は喉から手が出るほど欲しい」
 蜜腺から発見された代物によって、リアノは今日まで発展を続けてきた。この国は長期に渡り、盗蜜者が盗みだす地球からの恩恵を、ほとんど独占し続けているのだ。
「ローディアス公爵のおっしゃる通り、リアノには蜜腺があります。与えられた様々なもの、そのすべてが良いものとは限りませんが……、与えられた災厄さえも恩恵として取り入れ、発展してきた国がリアノです」
 恩恵とは、初めは災厄の形をしていることもあるのだ。結果的に恵みとなっても、その前に大きな犠牲を払うこともある。
 それ故に、リアノの歴史は、常に災厄と危険と隣り合わせだ。それは、リアノの民が臆病である理由の一つにもなっている。
「死病に立ち向かう我らの事情など、向こうは知りもしません」
 昔から、人口の爆発的な増加に伴い世界は災いを盗んできた。性質の悪いことに、世界自身が手を加えた病もその中にはあった。
 それこそが、リアノで死病・・となる病だ。
「他国から見れば恩恵しか目に映らないのでしょう。この国がその恩恵を手にするまでに、どれ程の苦難を積んでいるのかを分かっていません」
 他国から見えるのは、豊かな国土だけだ。
 豊かな小国の大地は、他国から見れば喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。特に、資源の少ない砂漠にあるレイザンドにとって、リアノの資源は恨めしいほどに必要だろう。
 リアノとレイザンドの国境沿いにある広大なルサ山脈を越えて、レイザンドがリアノを奪おうとする日は、常々警戒されていたのだ。
「彼《か》の国は、リアノを盗りにくるでしょう」
「危惧していたことが、よりにもよって、この時期に起こるのか……」
 元々、リアノは国外との関係は芳しくなかった。
 蜜腺があるが故に、盗蜜者の中で最も進んでいて、なおかつ、資源に富んだ国がリアノだ。外交や貿易は行ったところで利益とならないために、ほとんど断絶している。
 蜜腺の恩恵を独占していることが、他国から見れば気に喰わないのだ。
「先日、レイザンドの女王から書状が届きました。第一王女が、リアノの新王就任の挨拶にいらっしゃるそうです」
「陛下が即位してから一年も経っている。ただの隣国がリアノに何用だ」
「そうだ。今では国交も碌にしていないではないか。レイザンドとの交流など、カルロス様が王子であった頃までの話だろう。それも、こちらからの訪問に過ぎなかったはずだ」
 渋い顔をして言葉を交わし合う老臣たちに、セシルは溜息をつきながら頷いた。
「当然ながら、裏があるのでしょう。今回のベレスフォード城への襲撃と無関係とは思えません」
「陛下は、何と言っておる」
「迎え入れるしかないだろう、と。ここで断れば、分が悪くなるのは目に見えてます。戦になるとしても、せめて、準備する時間は稼がなくてはなりません」
「無碍にもできない、か」
 ほとんど断絶した国交を繋ぎ直してほしいという申し出が、過去に何度かレイザンドからあった。繋ぎ直したところでリアノに益はないため、断り続けていたのだ。
 追い詰められたレイザンドが、武力行使に出ないとは限らない。
「向こうとの禍根も、なかなかに根深い。――国外との戦となれば、何百年ぶりだ?」
「リィズィ戦争以来になりますから、約二百年ぶりになりますね」
 古い歴史書に記された事実を思い出し、セシルは軽く拳を握った。
「リィズィ、ラドギアの旧名か。別名、腐敗戦争と呼ばれた?」
 リィズィ戦争――、別名、腐敗戦争と呼ばれる二百年ほど前の戦だ。
 負け戦にこそならなかったものの、リアノが受けた被害は甚大だったと記録されている。豊かだった国土の四分の一は腐り落ち、横たわる骸には蛆がわき蝿が飛びまわった。
 そうして、折り重なる屍と血の染みた大地の上で、腐敗臭を纏ったリィズィ王は高らかに嗤っていたらしい。
「記録を読むだけでおぞましいものです。尤も、レイザンドを相手にするのも変わらないと思いますが」
 ラドギアと違い、王族の持っている権利が未知数であるレイザンドの方が、もしかしたら性質が悪いかもしれない。
 リアノの王ように人の内面に干渉する権利ではなく、レイザンドはラドギアと同様で他人を簡単に殺せるような権利である可能性の方が高い。
「本当に……、難儀なものです」
 セシルが零した言葉が、その場に重い空気をもたらした。