花蓋の檻

prologue

 青白い月光が降り注ぐ庭園を、わたしと貴方は二人で歩いた。貴方の銀色の髪が光を浴びて煌めいて、蒼の瞳が優しくわたしの姿を映し出す。
 まだ幼くて、自分たちを取り巻く状況なんて少しも分かっていなかった頃の話だ。
 貴方の母親の里帰りに連れ立って来た後宮では、いつも、二人で庭園を歩いた。
「レーナ。花蓋かがいおりには、近寄らない方が良い」
 後宮の端にそびえ立つ白亜の塔に近づくにつれて、貴方は眉をひそめた。
 ――、花蓋の檻と呼ばれるその塔には、花の化生けしょうが棲んでいる。おとぎ話の中に住まう美しい王女が、魔術師の手により今も囚われているのだ。
 帝国の人間ならば、誰もが知っている物語だ。いい加減、その話を聞くことにうんざりして、わたしは貴方の唇に人差し指を当てた。
「もう、聞きたくないわ。それより、見て、ヨエル。冬なのに花が咲いている」
 塔の影に咲く花を指差したわたしに、貴方は困ったように笑う。
「薔薇だわ」
 それは、淡い赤色に色付いた薔薇だった。白壁に這うようにして咲く薔薇の茨は塔の上から伸びていたが、不思議と塔の傍から離れて地面に根付くことはなかった。
 まるで、塔の外へ茨を伸ばすことを、何かに拒まれているかのようだ。
「……、綺麗」
 月の光を浴びた薔薇は艶やかに色めいていて、わたしは思わず息を呑んだ。物欲しそうに薔薇を見つめるわたしの隣に、貴方が並ぶ。
 貴方は何の躊躇いもなく薔薇を摘み取って、わたしの前に差し出した。
 白い指から滴り落ちた紅い滴に、わたしは、咄嗟に貴方の手を握る。
「棘が」
 貴方は、痛みなどまるで感じないように口元を綻ばせた。
「だって、欲しかったのだろう?」
「……、そう、だけど」
「レーナ。僕は、君が望むものすべてを与えてあげたい。君が傍にいてくれるなら、どんなことだって叶えてあげたいんだ」
 柔らかに微笑する貴方が大好きだった。
 わたしも、貴方の望むことならば、どんなことだって叶えてあげたかった。
「大好きだよ、僕の可愛い歌姫」
 貴方と歩む日々のすべてが、――とても、愛しかったの。
 これからも、ずっと続くと信じていたかったの。