心中は泡沫の夜に

01 溺れる人魚姫

 あの日は、パパとママの様子が変だった。
 泣き叫ぶわたしに煙草の火を押し付けてくるパパは、大きな手で金の髪を撫でてくれた。喚き散らしてわたしを殴るママは、火傷と内出血の目立つ身体を抱きしめてくれた。
 ――、海へ行こう。
 柔らかな声で囁いたパパが、わたしの痩せ細った身体を抱きあげて車の後部座席に乗せる。それに続くように、ママは笑みを浮かべて助手席に座った。
 穏やかな会話、夢見たように優しいパパとママ。
 古びた車は加速を重ねて夜を駆ける。何処までも何処までも、人気のない海沿いの道を走る。
 対向車と擦れ違う直前、一瞬の眩しい光と共に身体を襲った衝撃。
 照らされたパパとママの顔を、わたしは生涯忘れない。

 冷たい海に身体を投げ出して、わたしは、そっと目を閉じた。