花の魔女は二度燃える

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  第二幕-08-  

 イヴが軍部に戻ったのは、夜が明けてからのことだった。
「お客人ですよ、イヴ様」
 執務室に詰めていたイヴは、部下の声に顔をあげる。
「アガート?」
 訪ねてきたのは、すでに軍を辞めている元部下だった。
 険しい顔つきのせいか、二十代の後半でありながら、実年齢よりも老けて見える。眉間に刻まれた皴は深く、もう消えることはないだろう。
「お目当ての魔女は、無事に確保できましたか?」
 イヴが頷くと、アガートは険しい顔になった。呆れたような溜息は、元部下というより、友人としての立場からのものだろう。
「本気で、魔女を娶るつもりなんですね。正気の沙汰じゃありません。魔女は災厄を運ぶものでしょう」
「俺のように?」
 王国法では、血の繋がった三親等に魔女がいる者は、総じて魔女と定義される。魔女を母に持つイヴも、同じように魔女としてあつかわれるべきだ。
「イヴ様」
「冗談だ。悪い知らせか? お前が来るなんて」
「明け方、王太子殿下が療養されている室で小火ぼやがありました」
「ああ。今日はヨアンのところだったのか。大丈夫なのか?」
「別の室に移っていただきましたが、かなり憔悴されています。小火ではなく、イヴ様のことが心配で仕方ないようで」
「俺の心配より、自分の心配をするべきだろう。お異母兄にい様は、あいかわらず甘い。お優しくてご立派で、次の王にふさわしいな」
「ヨアン様だけでなく、弟君たちも心配していらっしゃいますよ。どうか、ご無理はならさらぬように」
「お前が、今も俺の部下だったら、聞き入れてやっても良かったが。王太子殿下ヨアンの秘書官の言葉は聞けない」
「では、友人からの忠告です。無茶をして、何処ぞで野垂れ死にしないでくださいね。まだ、その時ではありません。あなたが一番、分かっているのでしょうけど」
 用事は済んだとばかりに、アガートは踵を返した。その背を見送ってから、イヴは長椅子に座りこむ。
「イヴ様、よろしかったんです? アガート、絶対、怒っていましたよ。イヴ様のもとを離れて、王太子殿下のとこに行くのも渋っていたのに」
 部屋の外に控えていた少年が、赤毛を揺らして、イヴのもとに駆け寄って来る。
「良いんだ、ずっと前から決めていたことだ。ディオン、お前も何処かにろうか? 魔女街まで付き合ってもらっただけで、もう十分すぎる」
 昨夜、イヴに付き従って魔女街にいたディオンは、唇を尖らせる。
「冗談言わないでください、僕は最期までお付き合いしますよ。イヴ様、あの魔女、どうするんですか? あまり長引くと抗議が入るかも」
「カグヤの父親には、こちらで預かっていることは伝えたのだろう?」
「はい。もともと軍医なだけあって、何も言い返しませんでしたよ。ま、娘に何かしたら、って無表情で詰め寄られましたけれど。問題は、魔女街の方ですって」
「適当にはぐらかせ。魔女どもは、どうせ静観するつもりだ。魔女狩りの再来にでもならない限り、あれらが王国に仇をなすことはない。なにせ、戦時中に徴兵され、従軍した同胞が死んだときも文句は言わなかったくらいだ」
 人生の大半を戦場で過ごしたイヴは、そこで魔女たちの姿を確認している。
 カグヤの母親のように、自ら志願して軍属となっていたのではなく、本人たちの意思に反して徴兵された魔女たちだった。
 彼女たちは最前線の砦に配置されて、多くは死んでいった。そのとき、王都に残っていた他の魔女たちは黙した。
 王国に住まう権利の代わりに、同胞たちを戦に差し出した。そのことを、魔女たちは正しく理解していた。
「抗議しなかったのではなく、できなかったのでは? ようやく見つけた定住の地を手放せるほど、いまの魔女たちは強くない。数も減っているって噂ありますし。魔女街の連中の、いったいどれくらいが本物の魔女なのか。あの娘だって、もしかしたら」
「カグヤは本物の魔女だよ」
 あれほど分かりやすい魔女も珍しい。感情が揺れる度に花を溢れさせながら、彼女はイヴを見つめるのだ。
 十年前も今も、あの紫の瞳を前にすると、イヴは落ちつかなくなる。
「むかしの知り合いなんでしたっけ?」
「十年前に少し、な。軍学校に入る前に、一時期ミレイユのところにいたから」
「ふうん。お嫁さんにして、とでも言われました? ちっちゃい女の子が言いそう。そんな約束を律儀に守るのが、イヴ様らしいですけど」
「お嫁さんして、というより、なってあげる、という言い方だったな。昔から俺のことを侮っているんだ、あの娘は」
 魔女は早熟な生き物だ。当時五歳だったカグヤも、十歳も年上のイヴを、同い年か、あるいはもっと幼い少年のようにあつかった。
 お嫁さんにして、なんて約束、大した気持ちではなかったのだろう。
 駄々を捏ねる子どもを宥めるような、捨てられた犬に情をかけるような、その程度の気持ちだ。そこにはイヴの期待するほどの重さはない。
「だが、約束は約束だ。破ったら針千本だろう?」
 先に約束したのはカグヤだ。責任を取ってもらわなければ、割に合わない。




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