棺に眠る少女の頬に、青嵐は手を伸ばす。
つい先日まで、彼女が己の傍で笑っていたことが、嘘のように感じられた。固く瞑られた瞼が開くことは、もう二度とないのだ。
己などにすべてを捧げて、その命を散らしてしまった少女。一心に自分を慕って、青嵐のためだけに彼女は生きてくれた。
言葉にすることはできなかったが、ただ、傍にいてくれたことが何よりも嬉しかった。真朱が惜しみなく与えてくれた全てが、青嵐の支えだった。
「……、莫迦者が」
国を滅ぼすと言われた後、皇位を継ぎ翔国を富める国にすることを望んだのは、その場所で彼女を生かすためだった。生きたいと願ったのも、彼女が青嵐の生を求めてくれたからだ。
彼女が未来を占った日、真に望んだものを、青嵐は知っている。
恋や愛など、まやかしに過ぎず、目に見えない想いは信じることなどできないと口では言っていた。
それなのに、あの時、青嵐は少女の好意を望んでいたのだ。
彼女の最期の時、重ねられた唇から伝わった想い。彼女が秘めていた想いのすべてを受け取って、青嵐は息を止めた。
真朱が青嵐に想いを伝えなかったのは、青嵐が臆病者であることを、誰よりも彼女は知っていたからだ。少女の好意を望んでいながらも、きっと、青嵐はそれを素直に受け入れることができなかった。
本当は、愛してほしかった。誰かに傍にいてほしかったのに、矮小な自尊心は、それを認めることを拒んだ。最後の最後まで意地を張って、自分の気持ちを受け入れることさえできなかった。
――真朱から片翼を授かっても、青嵐の心は満たされない。
「貴様が、……私の片翼だったというのにな」
真朱は、青嵐にとって欠けてはならない半身だった。唯一の理解者であり、たった一人の大切な存在だった。
喪った存在はあまりにも大きすぎた。長く共に在りながら、花のような微笑みに守られてばかりで、守ってやることができなかった。そのことが、青嵐の心に暗い影を落とす。
もう二度と、鮮やかな朱色の瞳は青嵐を映さない。
彼女が笑いかけてくれることはない。
舌に刻まれた翼が、熱を持つ。その熱こそが彼女の愛の証だと思いたい。死してもなお、彼女は変わらず青嵐を愛してくれているのだ、と希望を抱かせてほしい。
舌に刻まれた刻印に触れて、青嵐は夜空を仰いだ。
――この地を富める国へと変えてから、月明かりを辿り、虹の果てを目指そう。
いつか桃源郷へと、
月虹の彼方へと翔けた時、――記憶の中の少女は微笑んでくれるだろうか。
「真朱」
愛しい少女の名を呼んで、青嵐はそっと目を閉じた。
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