石をぶつけられた額を押さえ、キーラは泣きながら唇を噛んだ。
神官見習いの子どもたちは、大神官の娘であるジリヤの指示で、今も石を片手にキーラを探しているだろう。見つかれば、心ない言葉と共に再び石を投げつけられるに違いない。
彼女たちは、子ども故に表立ってキーラを害することができる。世界を侵す毒に、ありのままの憎しみを投げかけても子どもの悪戯で済むのだ。
「ここ、何処……?」
いつも意地悪をしてくる彼女たちから逃げる中、キーラは見たこともない薔薇園に辿りついていた。数多の赤薔薇が咲き誇り、鮮やかに生命が芽吹く地だった。
まるで、砂漠の楽園と呼ばれる、この神殿を象徴するかのような場所だ。
風がわずかな砂塵を運び、砂漠の渇いた空気が肌を撫ぜる。石で切った額から生温い血が流れ落ちて、キーラの手を赤く染め上げる。
――、赤は嫌いだ。キーラの瞳と同じ、世界にとっての毒の色。
大神官や神殿の者たちは、ひたすらにキーラに言い聞かせる。
「誰だ?」
不意に聞こえた声に、キーラは伏せていた顔をあげた。琥珀の瞳に闇色の髪をした少年が、キーラを見て驚いたように目を丸くしている。
涙で頬を濡らしたキーラに、少年は急いで駆け寄って来た。そして、皆が触れることを厭う、キーラの頬に刻まれた赤い刻印に指を這わした。
「こんなに泣いて、……どうしたんだ?」
キーラの瞳から零れ落ちる滴を、少年の骨ばった指が優しく払う。理由も分からず、キーラは胸を締め付けられるような痛みを感じた。
今まで、このように優しく涙を払ってくれた者はいなかった。キーラが泣いたところで、気に留める者などいなかった。
「皆、……私のこと、嫌いなの」
キーラは世界を滅ぼす毒だ。瑞々しい世界を、砂漠で覆っていく滅びの種だ。それ故に、皆がキーラを厭う。どれだけ笑顔を浮かべても、どれだけ縋っても、彼らがキーラに優しくしてくれることはなかった。
示した好意や願望が受け入れられたことなど、一度もない。
「……、本当は母上のために摘んできたのだけど、君にあげる」
少年は、片手に持っていた赤い薔薇をキーラに見せた。そして、その薔薇をキーラの砂色の髪に飾りつける。
「辛くて苦しい時は、泣いても良いよ。それは、決して悪いことではないから。――だけど、たくさん泣いた後は、笑うんだ」
キーラの頭を撫でて、少年は優しく囁いた。
「笑って。そうしたら、きっと、素敵な世界が見れるよ」
少年が微笑んだ瞬間、キーラの世界は色鮮やかに煌めいた。
その笑顔に応えるように、キーラも精一杯の浮かべる。もう、何処も痛みはしなかった。
――キーラは、少年から新しい世界を貰ったのだ。
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