鏡面に、砂色の髪をした少女の姿が映し出される。赤い瞳は焔のように揺らめき、神殿に暮らす者では珍しい青白い肌は、窓から差す陽光に浮かび上がって気味が悪かった。
何より、頬に走る赤い刻印が、嫌でもキーラを異質なものとして貶める。
鏡は醜い自分の姿を平然と映し出して、逃げられぬ役目を何度も自覚させる。人々の憎悪を駆り立てる色を宿し、頬に毒の証を示すこの身体が、キーラは嫌で堪らなかった。
「ジリヤ」
キーラは、髪を梳いてくれている侍女の名を呼ぶ。
「……、何でしょうか」
ジリヤは険しい顔で返事をした。
毒であるキーラに触れることが厭わしいのだろう。キーラに触れる彼女の指は小刻みに震えていた。
「今日、アラム様は来る?」
「私には分かりかねます。お父様……、大神官も、何も仰っていませんでした」
大神官の一人娘として生まれたジリヤは、キーラより二つ年上の少女だ。幼い頃キーラを苛めていた少女は、キーラを世話していた乳母が亡くなってからは、キーラの侍女の役目を押し付けられたのだ。
ジリヤの心中は、キーラにも容易に想像することができた。キーラの世話をすることが、彼女にとって不本意であることは間違いない。
そして、ジリヤが何より気に食わないのは――。
「キーラ」
柔らかな声がキーラの耳に届いた。その声に振り向くと、会いたくて堪らなかった青年の姿がある。
「アラム様!」
キーラは、急いでアラムの元へ駆け寄る。その様子を見たジリヤは眉をひそめていたが、少しも気にならなかった。
アラムが会いに来てくれたことだけで、それ以外のことなど、どうでも良くなってしまう。
甘い蜜のような彼の瞳が細められ、優しくキーラを映し出す。
「良い子にしていたか?」
キーラは勢いよく何度も頷いてから、彼に抱きついた。
「私はいつも良い子にしてるよ。言いつけだって、ちゃんと守ってるもの」
背に手をまわして見上げれば、彼は躊躇いがちに抱きしめ返してくれた。
「……、そうだな。キーラは良い子だ」
甘えるように彼の胸に頬を擦り寄せると、彼はそっと頭を撫でてくれた。
「薔薇の、匂いがするね」
瞳を閉じると、彼の肌から仄かに薔薇の香りが漂っていた。ここに来る前に薔薇園に寄ってきたのだろうか。
「少し、薔薇園に寄ってきたんだ。もう、花が咲き始めていたよ」
「良いな、私も薔薇が見たい。ねえ、今日は一緒にいられる? 薔薇園に連れて行ってほしいの」
幼い頃、アラムと初めて出逢った薔薇園。あの薔薇たちが咲き始めているのならば、アラムと一緒に見たかった。
「連れて行ってやりたいが、……、すまない。これから王都に行かなくてはならないんだ」
「王都に? いつ帰って来るの?」
神殿から王都までは、それなりに距離がある。半日や一日で帰って来ることができる距離ではない。
「5日は、かかるだろうな」
彼は懐から一つの髪飾りを取り出して、苦笑した。
「……、アラム様?」
「薔薇は、帰って来てから見せてやろう。だから、今はこれで我慢してくれ」
彼が取り出した赤い薔薇の髪飾りに、キーラは目を輝かせた。彼は、キーラの髪にそれを飾って微笑む。
「良く似合っている」
「ありがとう、アラム様」
髪飾りに触れながら、キーラも微笑んだ。
「早く帰って来てね。――十日後は、私の
誕生日なんだよ」
彼の背に回す腕に力を込めて、キーラは呟いた。その言葉を聞いたアラムの身体が強張った。
「……、ああ。できるだけ、早く帰って来る」
アラムはキーラの身体を強く抱き締めて、震える声で言った。
この日々が、直に終わりを迎えることを、二人とも良く分かっていた。
十日後、煉獄の門が開く日に、キーラはアラムの手で煉獄へ落ちる。世界の狭間にある煉獄に、この世界の
毒として切り捨てられるのだ。
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