木漏れ日が寄り添う二人に降りかかる。
麗らかな陽気の中、イーディスは目を擦った。
「眠いの?」
ほとんどが灰色に染まってしまったイーディスの髪を撫でながら、ライナスが問う。返事の代わりに、甘えるように彼の肩に頭を預けると、彼は優しくイーディスの手を握ってくれた。
繋がれた手の感触に、イーディスは懐かしい記憶を思い出す。
学院にいた頃も、二人で木陰に座りながら休んでいたことがあった。繋がれた手の大きさは変わってしまったが、その温もりは昔と変わらない。
そのことがくすぐったくて、イーディスは目を細めて笑う。
「どうして、笑っているの?」
「昔も、こうやって手を繋いだことを思い出したの」
「ああ、一緒に抜け出して、良くスタンに怒られていたね。二人して彼に怒られたのは、学院にいた頃だけではないけど」
イーディスは小さく頷いた。
「そうね。学院にいた頃も、十年前からも、スタンには怒られてばかりだわ」
「だけど、……今日は、きっと怒られないよ」
少しだけ寂しげな声に、イーディスは内心で首を傾げた。だが、ライナスが何も言わないので、イーディスも口を閉ざす。
長い沈黙が、二人の間に横たわる。
それは苦ではなかったが、イーディスの脳裏に、不意に一つの疑問が浮かび上がった。それは長い間口にすることができなかった疑問だ。
「ねえ、ライナス。……、ずっと、聞きたかったことがあるの」
理由は分からないが、今ならばその疑問も口に出せるような気がした。
「……、私のために時間を使って、貴方は後悔しなかった?」
隣に座るライナスが、戸惑うように身体を震わせたことに、イーディスは気付いた。
――ライナスが王位継承権をはく奪されてから、十年の歳月が流れた。
スタンを引き連れ、ライナスが成人と共に継いだ領地に引っ越してから、十年も経ったのだ。
「貴方はたくさんのものを与えてくれたから、この十年間、私はすごく幸せだったわ。でも、……私は、同じだけのものを、貴方に返してあげられた?」
イーディスは、とても幸せだった。だが、長くは生きられない自分の傍に未来ある彼を縛りつけたことに、ずっと負い目のようなものを感じていた。
ライナスには、イーディスを選ばない幸せだって在ったはずだ。第五王子の身分を捨てて、王位継承権まで放棄する価値が、イーディスにはあったのだろうか。
「……、ばかだね。本当に欲しいものを傍に置けた、……後悔なんて、あるわけがない」
彼の手が頬をなぜて、次の瞬間、唇に柔らかな感触が伝わる。
「君が与えてくれたすべてが、……僕を幸せにしたよ」
胸を締め付けられるような切なさが襲いかかり、イーディスの頬に一筋の涙が伝う。堪えていた涙と共に、彼への想いが溢れ出して止まらなかった。
「……、好きよ、ライナス」
彼はイーディスに応えるように、もう一度唇を重ねた。
遠くで聞こえる子どもの笑い声は、まるで子守唄のようだ。彼の瞳が、陽光のようにイーディスを照らす。
心は、ひたすらに穏やかであった。
「おやすみ、僕の太陽」
温かな幸福に身を委ねて、イーディスはそっと目を閉じた。
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