永遠は菫色
はじまり
それは戴冠式前夜のことだった。
病床の王のもとを訪れたのは、淡雪のような髪に紫の瞳をした少女だった。
魔法使いにとっての凶兆、災厄たる紫の瞳で、彼女は寝台に横たわる王を覗き込む。しわの多くなった王の手を握って、彼女は幼子のようにねだる。
「陛下。御伽噺を聞かせてくれる?」
王は微笑み、しゃがれた声で語りはじめる。
愛しあう恋人であり、夫婦であり、半身であった二人の御伽噺を。
ふたりが分かち合った永遠を。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇
エリク・ドッカは、この星に数多重なり合う異世界、その《狭間》の住人だった。
神々の手で造られたかのような、完璧な美貌の青年だった。誰もが手に入れたくなるような、そんな魅力があった。
エリクは菫色の髪を揺らし、軽やかに舗道を歩く。黄水晶を嵌めこんだ目は、まだ見ぬ拾い物を探して、きらきら輝いていた。
歪な街を抜けて、エリクは荘厳な門の前に辿りつく。滅多に開くことのない門扉の前には、ひとりの少女が横たわっていた。
「なんて、可愛いお人形」
淡雪のような灰色の髪が波打って、少女の身体を絹のドレスのように覆っていた。優しい丸みを帯びた輪郭、閉ざされた瞼を縁取る翅のような睫毛、花弁のようにいじらしい唇。少女を象るすべてがすべて可憐だった。
まるで、故国のショーウィンドウに並んでいたビスクドールだ。
エリクは人形のように眠る少女を、宝物のように抱きあげる。小さくて、柔らかくて、温かかった。
「落ちているなら、僕のモノにしても良いよね。そうだろう? エリク」
自らに呼びかけるように名を口にして、エリク・ドッカは風の通り抜ける街を歩いた。
Copyright (c) 2019 東堂 燦 All rights reserved.
-Powered by HTML DWARF-