花と髑髏

序幕 花は朝焼けに咲く 04

 イェルク・ガイセ・グレーティアは、王城から少し離れた塔の最上階にいた。かつて花冠の塔と呼ばれていたその塔は、今では花守はなもりの墓と名を変え、塔の主だった男の私物を保管する場所となっている。
 最上階に飾られた何枚もの絵の中に、金の額縁に縁取られた一枚の絵がある。イェルクの心をとらえて離さないその絵には、一人の少女が描かれていた。
 初めて肖像の少女に出逢ったのは、六歳の時だった。父王に連れられて花守の墓に足を踏み入れたイェルクは、一瞬にして心を奪われた。
 陽光に照らされた、それは美しい微笑みを浮かべる少女。
 彼女に出逢った瞬間から、傍らにいた半身にその面影を見出し続けていた。いつか重なり合う時の中で美しくなる少女を夢見た、少年時代の苦い思い出だ。
「綺麗だな」
 朝焼けの長い髪を風に遊ばせて、少女がこちらに向かって両手を広げている。柔らかな光を湛えた蜜色の瞳が見つめる先には、彼女の愛する男がいるのだろう。
「これで、貴方は満足か? 俺は身を切られる思いだというのに」
 この選択が正しかったとは認めない。すべての真実を伝えられてからも、遠い昔に亡くなった男が遺した願いなど自分たちには関係ないと言い聞かせてきた。たった一人の少女に渡すために王族が受け継いできた懐剣を、何度処分しようと思ったことか。あの男が望む未来など破り捨てて、いつまでも大切な少女を掌中の珠として愛でることを願った。
 それでも、共に在ることが彼女を不幸にしてしまうならば、黙って小さな背中を見送るしかなかった。無理を重ねて壊れて行く姿を目の当たりにして、イェルクには彼女を幸せにすることはできないと思い知らされた。
 強く拳を握りしめたイェルクは、そっと目を伏せた。実を結ぶ前に摘み取られた幼い想いが痛みを放ち、瞼の裏に少女の姿を映し出す。
 ――の人物が愛した花の名を持つ、イェルクの宝物。
 その暗い瞳に、どうか再び光を。その生は祝福されたものだと知ってほしい。
「愛している、エデルガルト」
 たとえ、この胸にいだくことができなくても――。
 泣き虫だった幼い頃から、彼女の幸福をずっと願っている。