花の魔女は二度燃える
第二幕-06-
月の輝く夜半のこと。
その葬式は、魔女街にある小さな教会で執り行われた。
寂れた教会に聖職者が寄りつくことはなく、女神像は埃を被っている。
聖歌の代わりに響くは、参列した魔女たちの泣き声だった。髪や目、顔立ち、背格好、ありとあらゆるものが異なる者たちが、同胞の死を悼んでいた。
愛する母の葬儀で、十五歳になったカグヤは立ち尽くす。
薔薇窓のステンドグラスから月明かりが零れて、祭壇の棺を照らす。棺には蓋がされており、亡くなった彼女の顔を見ることは叶わない。
見ない方が良い、と誰もが判断した。美しかった彼女を記憶に留めておくために、誰ひとり棺を開けようとしなかった。
参列する魔女たちの最後、ようやくカグヤは棺の前に進んだ。
「お母様」
カグヤは膝をついて、棺の蓋に手をかけた。どうしても母の顔が見たかった。
棺に眠る女は、かつての美貌を焼け爛れさせていた。染みひとつなかった肌は赤黒くなって、澄んだ碧い目も腫れた瞼に隠れる。
かつて美しい子守唄を歌ってくれた唇は、もう二度と開くことはない。
はじめて見た母の遺体は、事前に知らされていたとおり火傷を負っていた。父や周囲の者たちが、カグヤに遺体を見せなかったことも納得できる。
母は死んでしまった。その事実を、ようやく本当の意味で理解する。
涙が溢れるのと同時、抑えきれない感情の波に襲われた。カグヤの瞳から、髪から、形も色もまばらな種々の花々が零れる。
カグヤの哀しみや絶望を語るように、まなじりから白菊が咲いた。嗚咽を殺そうと唇にあてた指の先には、カーネーションが花開く。
勝手に咲いた花々は、瞬く間にカグヤを覆ってしまう。
カグヤは両手を掲げて、溢れる花を棺に降らせる。どうにか涙を止めようとするが、どうしても泣き止むことができなかった。
こんな最期を迎えるほどの罪が、母にあったのだろうか。
かつて流浪の民であった頃、火炙りにされた魔女のようだ。どうして、こんな悲惨な最期を遂げなくてはならない。
棺にすがって泣いていると、頭上に陰が落ちる。
顔をあげれば、白金の髪をした男がカグヤを見下ろしていた。
陶磁人形のように美しい男だ。
詰め襟の軍服を着ていなければ、彼が軍人とは分からなかった。眼鏡の奥にある瞳は宝石のようで、見つめ続けたら吸い込まれてしまいそうだ。
微笑んだ表情が、十年前の記憶と重なりゆく。
「イヴ、様?」
カグヤの母が仕えていた王国の第二王子。十年前、ほんの一時だけ、カグヤの邸に身を寄せていた男の子だ。
「大きくなったな」
それはカグヤの方の台詞だった。十年ぶりの王子は、すっかり大人の男になっていた。当時の面影はあるものの、上背も伸びて、まるで知らない人のようだ。
「……来て、くださったんですか」
まさか、魔女の葬儀に参列してくれるとは思わなかった。
「ミレイユは、ずっと忠義を尽くしてくれた。見送りくらいさせてくれ。亡くなったとき傍にいてやれなくて、守ることができなくて、すまなかった」
カグヤは泣きじゃくりながら、首を横に振った。
「火事は、イヴ様のせいじゃないです。だって、不幸な事故だったんでしょう?」
数日前、王城にある離宮で火災が起きた。離宮を全焼させた大火事で、巻き込まれた母は帰らぬ人となった。多数の死傷者を出した、不幸な事故だったという。
イヴは膝をついて、カグヤと視線を合わせる。彼は慰めるようにカグヤの頭を撫でると、そのままカグヤにだけ聞こえるように囁いた。
「離宮の火事は偶然ではない。放火した者がいる」
言葉の意味を、すぐに理解することができなった。
放火。不幸な事故ではなく、誰かの悪意によって引き起こされたとしたら、母は殺されたようなものだ。
「このようなとき告げる俺を、どうか許してくれ。約束どおり迎えに来た」
「迎えに……?」
青褪めたカグヤに構うことなく、イヴは何かを差し出してきた。
彼の掌に、金糸で縁取られた小箱があった。懐かしいそれは、五歳だったカグヤが贈ったものだ。
空っぽの彼が、その箱に大事なものを仕舞って、未来を生きていけるように。
箱のなかに治められていたのは、紫水晶を戴いた指輪だった。宝石を囲うように、細いリングが花弁の形を象っている。
カグヤの薬指に、そっと指輪が嵌められたた。指輪の冷たさは、まるで鎖のようにカグヤを絡めとる。
「お嫁さんになってくれるのだろう?」
空っぽの宝箱。大人になっても宝箱が埋まらなかったとき、そこに仕舞われるものが何であったかを思い出す。
カグヤを仕舞うために、彼は十年ぶりに姿を現わしたのだ。
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